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欧州クラシック通信(2014.12.12.)

ルジツカがザルツブルク・イ−スタ−音楽祭の芸術監督に

                                                     




2002年〜2006年、夏のザルツブルク音楽祭の芸術監督を務めた作曲家、ペーター・ルジツカが、2015年からザルツブルク・イースター音楽祭芸術監督に就任することが決まった。

ルジツカは2006年のモーツァルト・イヤーを成功させるなど、音楽祭での実績を高く評価されていた。ベルリン・フィルに代わって、音楽監督ティーレマンが率いるドレスデン・シュターツカペレがホスト役を務めるようになったイースター音楽祭の経営手腕に早くも大きな期待が寄せられている。

 

文:三宅坂 幸太郎(音楽ジャ−ナリスト)

 

 

 
| 欧州クラシック通信 | 15:22 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark | 昨年の記事
欧州クラシック通信(2014.12.03.)

ウィーン・フィル首席クラリネット奏者のアルフレート・プリンツが死去

 



クラリネット奏者で、かつてウィーン・フィル首席奏者としても活躍していたアルフレート・プリンツが、9月20日に亡くなっていたことが分かった。84歳だった。

 

アルフレート・プリンツは1930年6月4日にウィーンに誕生。9歳からクラリネットを学び始め、のちにウィーン国立音楽アカデミーで、クラリネットをレオポルト・ウラッハに、指揮と作曲をハンス・スワロフスキーに、ピアノをブルーノ・ザイドルホーファーに師事します。卒業時には、クラリネット科・作曲科・ピアノ科でそれぞれ首席で卒業。1945年、15歳の若さでウィーン国立歌劇場管弦楽団にクラリネット奏者として入団、翌年には同じ組織に所属するフォルクスオーパー管弦楽団の首席奏者となり、1955年、師ウラッハの後任として、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の首席奏者に就任。以後、ウィーン・フィルの団員として1995年に定年退団するまでの40年間に渡って活躍し、同時にクラリネット独奏奏者としても積極的な活動を展開、教育者としても、ウィーン国立音楽大学やインディアナ大学ジェイコブズ音楽スクールの教授のほか、世界各国でマスタークラスを開催した。

 

プリンツはまた、作曲家としての顔も持っており、1947年、17歳の時にジュネーヴ国際コンクールで受賞したほか、1971年にはウィーン市からも作曲賞を授与。2曲のクラリネット協奏曲、7曲の交響曲のほか、クラリネット作品、管楽アンサンブル作品などを書いており、ウィーン・フィルで初演された曲も多い。

 

文:三宅坂 幸太郎(音楽ジャ−ナリスト)

 

 

 
| 欧州クラシック通信 | 20:39 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark | 昨年の記事
欧州クラシック通信(2014.12.02.)

ソコロフが、ドイツ・グラモフォンと契約

 




知る人ぞ知る名ピアニストとしてヨーロッパで絶大な支持を集めているグリゴリー・ソコロフが、ドイツ・グラモフォンと専属契約することになった。

 

スタジオ録音を好まないため、最初のリリースは、2008年ザルツブルク音楽祭でのライブ録音になるという。プログラムは、ショパンとモーツァルト。これは、1996年のシューベルト作品集以来のリリースととなる。

 

文:三宅坂 幸太郎(音楽ジャ−ナリスト)

 

 

 
| 欧州クラシック通信 | 11:56 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark | 昨年の記事
欧州クラシック通信(2014.11.24.)

ソキエフが、ベルリン・ドイツ響との契約を延長せず

 




トゥガン・ソキエフが、ベルリン・ドイツ響の首席指揮者を、2016年で退任するという。ソキエフは、昨年よりボリショイ劇場の首席指揮者も務めているが、この職が予想以上に重責であることから、当面の活動をモスクワに集中すると説明している。

 

ベルリンでのソキエフの演奏会は、常に好意的に評価されており、オケ側とも軋轢はないという。ベルリン・ドイツ響は、彼の決定を「きわめて残念」とコメントしている。

 

文:三宅坂 幸太郎(音楽ジャ−ナリスト)

 

 

 
| 欧州クラシック通信 | 20:53 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
欧州クラシック通信(2014.11.19.)

コスキーがコーミッシェ・オーパーのインテンダントを2022年まで延長

 




演出家のバリー・コスキーは、2012年よりベルリン・コーミッシェ・オーパーのインテンダントを務めているが、現在の2017年までの契約を、5年間延長することになった。

 

コーミッシェ・オーパーは、昨年『オーパングラス』誌の「今年のオペラハウス」賞に輝き、コスキー自身もインターナショナル・オペラ・アワーズの「最優秀演出家」賞に選ばれている。昨シーズンは、観客動員数(客席占有率)も70パーセントから78パーセントに上がり、コスキーはバイロイト音楽祭で《ニュルンベルクのマイスタージンガー》を演出することも決まった。

 

文:三宅坂 幸太郎(音楽ジャ−ナリスト)

 

 

 
| 欧州クラシック通信 | 00:23 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark | 昨年の記事
欧州クラシック通信(2014.11.13.)

デンマ−ク国会が国立室内管の存続動議を可決

 


デンマーク国立室内管弦楽団を所管しているデンマ−ク放送(DR)が今年いっぱいの解散を(一方的に)通告したのは既報のとおりだが、ここにきて大きな動きがあった。デンマーク国会で国立室内管の存続を求める動議が提出され、圧倒的多数で可決されたという。デンマーク国民党などの保守は当初からオーケストラの解散に反対していたけれど、最近になってリベラルも同調し最終的には圧倒的多数が存続を求めたということだ。

 

この動議は、文化大臣に対してデンマーク国立室内管の存続を働きかけるように要請するものだけれど、文化大臣に義務を課したわけではない。でも国会の大多数が決定したことを大臣が無視すれば、政治的にも厳しい状況に陥るだろう、と言うのが地元メディアの見解だ。国会の議論では、多くの政治家が国立室内管の事を「メト・オーケストラ、ベルリンフィル、ウイーンフィルも実力を認め、解散に反対している」と存続の必要性を述べている。

 

文:三宅坂 幸太郎(音楽ジャ−ナリスト)

 

 

 
| 欧州クラシック通信 | 12:27 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark | 昨年の記事
欧州クラシック通信(2014.11.11.)

イタリアの歌劇場で指揮者のキャンセル
首席指揮者の退任が続く

 




イタリアの歌劇場で、指揮者が公演をキャンセルしたり、首席指揮者を退任することが続いている。既報のとおり、今夏、トリノ王立劇場のジャナンドレア・ノセダが、インテンダントとの意見不一致により退任を宣言した。続いて9月には、ローマ歌劇場のリッカルド・ムーティが、2014/15年の公演すべてをキャンセルすると発表した。その直後には、ナポリ・サンカルロ歌劇場のニコラ・ルイゾッティが、12月の《トロヴァトーレ》のプレミエを最後に、退任意向を発表。またバーリ・ペトルゼッリ劇場のダニエーレ・ルスティオーニも、音楽監督を辞任するという。

 

ムーティのキャンセルが雪崩を引き起こしたという印象があるが、実際には彼は、ローマ歌劇場を離れるとは宣言しておらず、《アイーダ》と《フィガロの結婚》の指揮を止める、というのが発表内容である。ローマ歌劇場では、記者会見を開いて「ムーティは終身名誉指揮者のままである」と離任説を否定している。ルイゾッティの背景は不明。一方、ルスティオーニについては、劇場の経営状況が不安定で公演中止が続いているため、安定した仕事ができないことが理由だという。

 

文:三宅坂 幸太郎(音楽ジャ−ナリスト)

 

 

 
| 欧州クラシック通信 | 11:43 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark | 昨年の記事
欧州クラシック通信(2014.11.08.)

ベルリン・フィルが壁開放25周年演奏会をラトル指揮による「第九」で開催!

 




1989年11月9日、ベルリンの壁が開放された。
25年前の夏、ライプツィッヒなどの東ドイツの各都市で、自由化を求めるデモが起こっていた。実際オーストリアとの国境の鉄条網を撤去したハンガリーを経由して、西ドイツに亡命する人も現れた。ところが東ドイツ政府には危機感が薄く、10月3日には東ドイツ建国40周年を祝っていた。その後のわずか1ヶ月で28年間存在したベルリンの壁が崩壊するという急展開。当時は世界中の人が驚きながら報道を追っていたのを思い出す。

 

ベルリンの壁開放は、現在では誤解がもとで実現したと言われていて、東ドイツ政府のスポークスマンが、市民の出国許可緩和を予定よりも早く発表してしまい、それがもとで市民が国境に押し寄せ、群衆で溢れかえった検問所が立ち往生、仕方なく国境が開放したという次第。

 

ベルリン・フィルハーモニーは、壁から数十メートルの場所に建てられていたため、ベルリン・フィルにとっては、極めて身近なものであった。それだから「壁開放」の3日後の11月12日に、バレンボイムの指揮で東ドイツ市民のための演奏会を実施、ベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第1番(バレンボイムがソロも担当)」と「交響曲第7番」が演奏された

 

今でこそ「ベルリンの中心地」なのだが、東西冷戦期には、どうしてこんな「辺鄙なところ」に建てられたのかというと、カラヤンのアイディアだったという。「将来(我々が生きていないかもしれないけれど)、ドイツはきっと統一される。そうすればベルリンは統一ドイツの首都となり、この地はベルリンの中心地となる。ベルリン・フィルの本拠地はベルリンの中心にあるべきだ!」という逸話がある。

 

今週末はいよいよベルリンの壁崩壊25周年の大イベントが予定されているが、ベルリン・フィルでも、この日に「壁開放記念演奏会」を開催する。ラトルの指揮でベートーヴェン「交響曲第9番《合唱付き》」を演奏するという。また、バレンボイム指揮のシュターツカペレも演奏会を予定している。

 

文:三宅坂 幸太郎(音楽ジャ−ナリスト)

 

 

 
| 欧州クラシック通信 | 17:29 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark | 昨年の記事
欧州クラシック通信(2014.11.06.)

エラス=カサドがマドリッド王立歌劇場の首席客演指揮者に

 




スペインの指揮者パブロ・エラス=カサドが、マドリッド王立劇場の首席客演指揮者に即刻就任することとなった。音楽監督のアイヴァー・ボルトンと共に同劇場の主力指揮者となり、1シーズンに少なくとも1プロダクションを担当するという。契約は、2018年まで。エラス=カサドは、ニューヨーク・セント・ルーカス管の首席指揮者も務めている。

 

文:三宅坂 幸太郎(音楽ジャ−ナリスト)

 

 

 
| 欧州クラシック通信 | 23:07 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark | 昨年の記事
欧州クラシック通信(2014.11.04.)

ウェルザー=メストがクリ−ブランドとの契約延長を発表

 




先月ウィーン国立歌劇場音楽監督を突如辞任したフランツ・ウェルザー=メストは、クリーヴランド管弦楽団との契約を2022年まで延長したと発表している。これで音楽監督在任期間は20年となり、ジョージ・セルに次いで2番目の長さになる。

 

文:三宅坂 幸太郎(音楽ジャ−ナリスト)

 

 

 
| 欧州クラシック通信 | 15:44 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark | 昨年の記事