CALENDAR
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< July 2020 >>
SPONSORED LINKS
RECOMMEND
NEW ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS
 
クラシック専門 音楽マネジメント
<< いよいよあさって、大阪クラシック2013に林澄子出演! | main | 今日から関西出張 >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - | pookmark | 昨年の記事
短期集中連載:皇紀2600年とクラシック音楽の知られざる関係(第1回)

短期集中連載:皇紀2600年とクラシック音楽の知られざる関係(第1回)

 



9月8日の早朝(現地時間は7日)アルゼンチン・ブエノスアイレスで開かれたIOC(国際オリンピック委員会)総会で、2020年のオリンピックの東京開催が正式決定された。非常に喜ばしく、明るいニュ−スに週末の日本全体が包まれ、週を明けてもなおその余韻が漂っている。

話は変わり、今日はなんだかキナ臭い話題かと思われたり、または歴史(日本史)の講義かと思われたかもしれないが、そんなことはなくて、純粋に『音楽的観点』からの考察(当初は脱線気味ですが、この今は忘れ去られてしまった皇紀という紀元、そして皇紀2600年という年に計画された国家的イベントが、いかに壮大であったかということを知っていただきたいと思ってので、あえて書き記しております)ですので、ちょっと『硬い内容』(いつもそうですが…)ですけれど、ちょっとだけガマンして最後までお読みいただきたいと思います。

 

序章 皇紀2600年とは

皇紀とは、明治政府が定めた日本独自の紀元(きげん=歴史上の年数を数える出発点となる年。紀年法)で、1872(明治5)年に明治政府が、神武(じんむ)天皇が即位した年を、記紀(古事記と日本書紀)の記載から西暦紀元前660年と決め、その年を皇紀元年としたものである。

古くから人々の間に語り継がれている「神を中心」とした物語である神話では、神武天皇は、日向(ひゅうが)国高千穂の宮にいたが、天下の政治(まつりごと)を行うべく、はるばる東遷(とうせんん=東の方へ移ること)の旅に出て、途中幾多の困難に遭いながら大和の国を平定し、大和橿原の宮で即位する。それが西暦紀元前660年2月11日(この日が今で言う「建国記念日」、その当時は「紀元節」と言っていたものの起源)だというのだ。

戦意高揚などを目的とし、そして日本が世界の一流国であることを内外に証明するために時の政府は、1940年の『皇紀2600年』の記念の年にさまざまな国家プロジェクトを用意したのだった。それは1935年に「紀元二千六百年祝典準備委員会」を正式に発足させ、公共事業(と言っていいのだろうか?)としては神武天皇を祀る橿原(かしはら)神宮と神武天皇の御陵である畝傍(うねび)山東北陵の拡張整備、代々木の天皇陵の参拝道路の改良、国史館の建設や、外地(占領地域)の神社である北京神社、南洋神社(パラオ)、建国神廟(満州)などの建立を行った。また「日本文化大観」の編纂など、天皇制を主軸とする文化・歴史感をより強固にする書籍の刊行を行ったり、東京で日本万国博覧会の開催や、東京での夏季オリンピック大会や札幌での冬季オリンピックの開催という、空前絶後の一大ビックイベントのオンパレ−ドを計画したのだった。

地方や民間レベルでも様々なものが企画され、出版や記念碑、記念植樹、公園の整備(宮城外苑整備事業や光が丘公園、小金井公園など)、神社への狛犬や石像などや地域での国旗掲揚台の奉納などがおこなわれた。これらの多くは建物の建築や施設及び地域の整備など大掛かりな物であり、資金が必要で、このため市民に対し献納という名の寄付金募集がおこなわれたという。

 

| 短期集中連載:皇紀2600年とクラシック音楽の知られざる関係 | 21:46 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
スポンサーサイト
| - | 21:46 | - | - | pookmark | 昨年の記事









トラックバック機能は終了しました。