CALENDAR
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< July 2020 >>
SPONSORED LINKS
RECOMMEND
NEW ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS
 
クラシック専門 音楽マネジメント
<< 最悪の事態! | main | 「苦難の道」はなおも続く >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - | pookmark | 昨年の記事
短期集中連載:皇紀2600年とクラシック音楽の知られざる関係(第4回)

短期集中連載:皇紀2600年とクラシック音楽の知られざる関係(第4回)

 

 

第2章 祝典行事(その1)

 

その1 記念式典

 




1940年11月10日、宮城前広場において内閣主催の「紀元二千六百年式典」が盛大に開催された。この行事には約5万人が参加したという。この
式典のため(だけ)に寝殿造の会場(のちに光華殿)が設営された。翌日11日には同会場で奉祝会が行なわれ、また観兵式(軍事パレ−ド)や観艦式(軍艦のパレ−ドのようなもの)、美術展覧会、武道天覧試合などの関連行事が11月14日まで繰り広げられて、国民の祝賀ムードは最高潮に達した。街では花電車が走り、提灯行列ににぎわい、おおっぴらに昼酒が許されたという。首都東京だけでなく、日本各地で同様の祝賀行事が行われた。

 

 

その2 奉祝音楽会

 

そしていよいよ本題に入ることとなる。記念の演奏会を企画したのだ。具体的には『恩賜財団紀元二千六百年奉祝会』(総裁・秩父宮雍仁親王、副総裁近衛文麿、会長徳川家達)と『内閣二千六百年記念祝典事務局』が考案した計画に基づくもので、その点では前述の行事と同一であるが、『我が国と友好の厚い数カ国から「音楽で祝いたい」と言ってきた』との意向が奉祝会に伝えられた(疑わしいもので、政府が直接委嘱したのが正しい解釈と思われる)のが企画の発端であった。

その後、外務省、関係国大使の斡旋などもあり、企画は順調に進んでいったが、肝心の奉祝会に音楽に精通した人間がいなかったことから、急遽音楽家やNHKの洋楽担当者などが奉祝会のスタッフに名を連ねることになった。その結果、
委嘱依頼を行ったのは、アメリカ(対日関係の悪化を理由に拒絶)、イタリア、ドイツ、ハンガリー(何れも枢軸国)、フランス(当時ドイツの占領下にあり、枢軸国の傀儡政権)、それにイギリスの6ヶ国とし、受諾した各国からは作曲家が示された。それによると、イタリアはイルデブランド・ピッェッティが、ドイツはリヒャルト・シュトラウスが、ハンガリーはシャンド−ル・ヴェレッシュが、フランスはジャック・イベ−ルが、イギリスはベンジャミン・ブリテンが作曲することとなる。

 

 

 

 

 
| 短期集中連載:皇紀2600年とクラシック音楽の知られざる関係 | 00:34 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark | 昨年の記事
スポンサーサイト
| - | 00:34 | - | - | pookmark | 昨年の記事









トラックバック機能は終了しました。