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欧州クラシック通信(2014.11.08.)

ベルリン・フィルが壁開放25周年演奏会をラトル指揮による「第九」で開催!

 




1989年11月9日、ベルリンの壁が開放された。
25年前の夏、ライプツィッヒなどの東ドイツの各都市で、自由化を求めるデモが起こっていた。実際オーストリアとの国境の鉄条網を撤去したハンガリーを経由して、西ドイツに亡命する人も現れた。ところが東ドイツ政府には危機感が薄く、10月3日には東ドイツ建国40周年を祝っていた。その後のわずか1ヶ月で28年間存在したベルリンの壁が崩壊するという急展開。当時は世界中の人が驚きながら報道を追っていたのを思い出す。

 

ベルリンの壁開放は、現在では誤解がもとで実現したと言われていて、東ドイツ政府のスポークスマンが、市民の出国許可緩和を予定よりも早く発表してしまい、それがもとで市民が国境に押し寄せ、群衆で溢れかえった検問所が立ち往生、仕方なく国境が開放したという次第。

 

ベルリン・フィルハーモニーは、壁から数十メートルの場所に建てられていたため、ベルリン・フィルにとっては、極めて身近なものであった。それだから「壁開放」の3日後の11月12日に、バレンボイムの指揮で東ドイツ市民のための演奏会を実施、ベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第1番(バレンボイムがソロも担当)」と「交響曲第7番」が演奏された

 

今でこそ「ベルリンの中心地」なのだが、東西冷戦期には、どうしてこんな「辺鄙なところ」に建てられたのかというと、カラヤンのアイディアだったという。「将来(我々が生きていないかもしれないけれど)、ドイツはきっと統一される。そうすればベルリンは統一ドイツの首都となり、この地はベルリンの中心地となる。ベルリン・フィルの本拠地はベルリンの中心にあるべきだ!」という逸話がある。

 

今週末はいよいよベルリンの壁崩壊25周年の大イベントが予定されているが、ベルリン・フィルでも、この日に「壁開放記念演奏会」を開催する。ラトルの指揮でベートーヴェン「交響曲第9番《合唱付き》」を演奏するという。また、バレンボイム指揮のシュターツカペレも演奏会を予定している。

 

文:三宅坂 幸太郎(音楽ジャ−ナリスト)

 

 

 
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