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長期連載シリ−ズ  世界のオペラハウス 第19回

長期連載シリ−ズ  世界のオペラハウス 第19回

 

第6章  ミュンヘンのオペラハウス(その2)

 

 

バイロイトを模した劇場、プリンツレゲンテン劇場




 

 
バイロイト祝祭劇場を模して作られたプリンツレゲンテン劇場。プリンツレゲンテン劇場はマックス・リットマン設計のもと1900年に古典様式とユーゲントシュティール様式の複合建築として建てられ、今日まで理想的な劇場建築といわれている。この劇場のすぐ西側にヴァーグナーのモニュメント(1913年制作)があるが、もともとこの劇場がヴァーグナーのために捧げられるために造られたからだ。劇場内はミュンヘンの他のオペラ劇場のような馬蹄形ではなく、ドイツでは非常に珍しい階段状の客席が扇のように広がる、アンフィテアター様式である。


こけら落としは1901年8月21日にワ−グナ−の「マイスタージンガー」。またこの劇場では1917年にブルーノ・ワルター指揮でプフィッツナーの「パレストリーナ」を、1957年にはヒンデミット指揮でヒンデミットの「世界の調和」が初演され、クナッパーツブッシュ指揮でシャルパンティエの「ルイーズ」がドイツ初演された。この劇場がミュンヘン・オペラフェスティバル発祥の地ということで、オペラ・フェスティバルの会場のひとつとして主にバロックオペラが上演されることが多い。 





 
た座席(座席数1,025席)は音の吸収をなくすためクッションが付いていない。これもバイロイトのようであり、このことにより音響の素晴らしい劇場として知られている。第二次世界大戦でバイエルン州立劇場が壊滅状態にあったとき、この劇場がその代わりの役目を果たした。

 

 

 

ロココ劇場として大変美しいキュヴィリエ劇場

 





キュヴィリエ劇場はレジデンツ宮殿内にある元王室専用の劇場(座席数523席)。バイエルン選帝候マックス3世ヨーゼフのもと、1751年から53年にかけてフランソワ・キュヴィリエによって建てられたもので、内装にはヨハン・バプティスト・シュトラウプやヨハン・バプティスト・ツィンマーマンが協力している。世界で最も華麗なロココ劇場と称されている。王室専用ということでその規模は小さいが装飾は華麗。モーツァルトが1780年、
バイエルン選帝侯カール・テオドルがミュンヘンの謝肉祭のために作曲を依頼し、この劇場のために「イドメネオ」を作曲。翌1781年1月29日にミュンヘンのレジデンツ劇場(現在のキュヴィリエ劇場)で初演された。

劇場としてのこけら落としは1753年10月12日にフェッランディーニのオペラ「ウティカのカトーネ」。ここではトラエッタ、サッキーニらの作品が上演され、選帝候の姉でザクセン選帝候夫人マリア・アントニア・ヴァルプルギスのオペラ「アマゾンの女王タレストリ」も上演された。1944年爆撃により焼失するが、その直前に劇場関係者により解体保存されて難を逃れた。しかし、その関係者たちも爆撃に巻き込まれて、戦後長い間キュヴィリエ劇場の存在は忘れ去られていた。だが奇跡的に発見され、レジデンツ宮殿内の違う場所に1958年に修復される。そのこけら落としは6月12日にモーツァルトの「フィガロの結婚」で再開場を行う。以来、主に室内楽や歌曲のリサイタルの会場として使われるようになった。それは当初の場所でなく、別の場所に移設されたため、舞台の広さが狭くなってしまったためで、その問題を解決するために近年大修理工事をおこない、2008年1月にモ−ツァルトの「イドメネオ」で再開場を行った。

 

 

 

 

 
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