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| - | | - | - | pookmark | 昨年の記事
いゃ〜、京都は暑い!
京都、いや〜、暑い!ホントに暑い!暑すぎる〜。

今、京都は夏の訪れを告げる祇園祭が開催中だ!これは7月1日から31日まで、1カ月間にわたるお祭りなのだそうだ。よその者からすると、宵山と山鉾巡行が「祇園祭」なのだと勘違いしておりました。
| きょうの出来事 | 09:32 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark | 昨年の記事
今日から関西出張
今日と明日、関西出張です。
いつもどおり、松山空港から飛行機で伊丹空港に向かいます。松山-大阪間はほとんどの飛行機があの「悪名高い」ボンバルディア機なのが悲しいところです。この傾向は、日本初の国産ジェット機が本格就航するまで続きそうな気配です。

夕方からは久し振りの京都です。祇園祭で賑わいを見せているころだと思いますが、今ごろの京都はとっても暑いだろうなぁ…。
| きょうの出来事 | 12:39 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark | 昨年の記事
エジプト政局に『真の』民主主義は存在するのか

エジプト政局に『真の』民主主義は存在するのか

 

エジプトの混迷が続いている。エジプト軍のシシ国防相は現地時間3日夜(日本時間4日未明)に軍や宗教指導者たち、それに世俗・リベラル派統一勢力「救国戦線」幹部のエルバラダイ前国際原子力機関(IAEA)事務局長らとともにテレビ演説に臨み、現憲法を停止し、最高憲法裁判所長官が暫定大統領として国事を行うと国営テレビを通じて発表した。これにより、昨年6月の大統領選でエジプト初の民選大統領として当選したモルシ氏は事実上失職した。軍が実質的なクーデターに踏み切り、排除した形だ。

 

だが、なぜエジプトの人々は民衆蜂起「アラブの春」によるムバラク独裁政権の崩壊後初の大統領選で当選したモルシ氏が軍による事実上のクーデターで地位を追われることに不安を感じることなく、逆に喜んでいる姿を見て疑問を感じるのは私だけなのか?反モルシ大統領派の市民たちは、タハリ−ル広場に歓喜の声を挙げている。果たしてこれで良いのか?

 

モルシ氏は先に述べたとおり、長年続いたムバラク独裁政権を民衆蜂起「アラブの春」で退陣に追い込み、政権崩壊後初の民主的手続きにより選出された大統領だ。確かにイスラム政治組織『ムスリム同胞団』の後ろ盾があり、イスラム原理主義回帰の動きがあるとしても、民主的手続きによる初の大統領なのだ。この政権を打倒するのはある意味『仕方のないこと』として容認することもできるが、今回は訳が違う。軍が介入し、軍のイニシアチブにより『勝手に』大統領の地位を奪ったのだ。そしてその限りなく『反民主的行為』を民衆はもろ手を挙げて喝采することがいかに危険か、エジプト国民は解っているのだろうか。

 

このことがまかり通れば、軍の気に入らない政権はいつでも失職するリスクを孕んでいる。ムスリム同胞団のスポ−クスマンは声明で「これは明らかにク−デタ−であり、選挙に基づく人々の意思を損なうものであり、断固容認できない」と抗議しているが、彼らの政治信条はこの際別として、このことだけを取り上げれば全く言うとおりである。

 

エジプトが『真に』民主的になるためには、民衆は民衆の手で解決を図るべきであり、今回の『問題解決』の手段は、彼らの今後に暗い影を投げかけたと言わざるを得ない。奇しくも今日は我が国の国政選挙公示日だ。わが国民たちもエジプトを『他山の石』として、『真の民主主義』はどうあるべきか、今一度問いかける必要があると感じた出来事である。

 

 

 
| きょうの出来事 | 07:21 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark | 昨年の記事
ユップからペップヘ バイエルン新体制スタ−ト

ユップからペップヘ バイエルン新体制スタ−ト

 




昨シ−ズン、ドイツ初の『3冠』に輝いたバイエルン・ミュンヘンが短いオフを終えて再始動した。今シ−ズンからは前任のユップ・ハインケスの勇退で、新監督のペップ・グアルディオラの下で頂点を目指すバイエルン、グアルディオラはどのような練習をするのか? どういう風に指導するのか?初練習を見にアリアンツ・アレーナを訪れたバイエルンサポーターは約1万人!来週からはイタリアでトレ−ニング・キャンプを行い、8月9日からはいよいよブンデスリーガが開幕する。

 

 

 

 
| きょうの出来事 | 14:08 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark | 昨年の記事
祝!80歳 クラウディオ・アバド

祝!80歳 クラウディオ・アバド

 



あのクラウディオ・アバドが80歳!?にわかには信じられないが、本当なのだ。今日、彼は80歳の誕生日を迎える。1933年にミラノの
音楽一家に生まれたアバドは、ヴェルディ音楽院校長を務めた父のミケランジェロの影響で音楽を始め、1956年にはウィーン音楽院で名教師ハンス・スワロフスキ−に学んだ。指揮者デビュー後、カラヤンらに注目され、ザルツブルク音楽祭や、ベルリン・フィルやウィーン・フィル、シカゴ、ドレスデンなどに出演、確実にキャリアを積み重ねていった。

 

1688年にミラノ・スカラ座の指揮者となり、1972年には音楽監督、1977年には芸術監督に就任。イタリア・オペラに限らず広大なレパートリーを指揮、レコーディングにも取り組んだ。1986年にはウィ−ン国立歌劇場の音楽監督に就任(スカラ座のタイトルは辞任)したものの、5年半という在任期間で辞任し、ベルリン・フィルの芸術監督に就任した。2000年の来日公演時に倒れ、あわやキャンセルかと周囲に心配させたり、2001年のヴェルディ没後100周年記念公演での『レクイエム』公演直前にも同様のことがあり、健康問題がささやかれていた2002年に胃がんの手術を行い、以後の活動が懸念されたが、手術を受けて健康状態は回復し、同年のベルリン・フィル辞任後も精力的に活動を続けている。2003年からはルツェルン祝祭管弦楽団を復興し、今もなお活躍している。今年10月にはそのルツェルン祝祭管弦楽団を率いて久しぶりの来日を果たす予定だ。

 

正直に言おう。私はアバドがキライだ!日本でも、ウィ−ンでも、ベルリンでも、何度も彼の棒で演奏を聴いた。その上での結論がそうなのだ。あのサラサラと流れていく彼の音楽は、良くいえば「繊細」なのかもしれないが、私には「お茶漬けサラサラ〜」といった感じで、重みを感じないのだ。人はよく「当時のウィ−ンの論調に毒されているだけ」と言うが、その後も私の評価は変わらないのだ。

 



ただし、私にとっての素晴らしい『アバド体験』がないわけではない。代表的なものは、1989年のウィ−ン国立歌劇場日本公演での、ロッシ−ニの『ランスへの旅』と、ベルクの『ヴォツェック』(ただし初日の11月12日の公演だけ!)それに1991年1月30日のウィ−ン国立歌劇場でのドビュッシ−の『ペレアスとメリザンド』だ。『ランスへの旅』はさすがの一言に尽きる。10人以上の、しかも大物歌手がズラリと勢ぞろいしたキャスティング(
カバリエ、ガスディア、クベルリ、ヴァレンティ−ニ=テラ−ニ、ライモンディ、ダーラ・・・。おお、素晴らしい!)に、『ロッシ−ニ・スペシャリスト』アバドの面目躍如!ロンコーニのプロダクションと共に後世にまで語り継ぎたい作品だ。もし『ランス』をもう一度アバドが舞台上演を振るというなら、世界のどこでも聴きに行きたいと本気で思っている。なお、日本公演の前年にウィ−ンで行われた上演の模様をORFが映像収録しているのだが、この際発売してほしいと思っているのは私だけではないだろう。

 

『ヴォツェック』(11月12日の公演)は恐ろしく凄い上演となった。私の記憶が正しければ、この日の午前中にサントリ−ホ−ルで行われた「カラヤン追悼セレモニ−」があり、アバドも列席したはずだ(このセレモニ−のためだけにエリエッテ未亡人も呼んだとか)。その直後の公演で、エリエッテ未亡人も聴きに来ていたNHKホ−ルはまさに異常な緊張状態に包まれていた。演奏も壮絶極まりない名演で、私の『初ヴォツェック体験』は望みうる最高のものとなったのだ。『ペレアスとメリザンド』はまさに「アバドのためのオペラ」と言っていいほどの作品だ。彼の繊細な指揮が如何なく発揮され、最高の結果を紡ぎだす・・・。そういったプロダクションだった。

 

でも、もう一度言っておく、私はアバドがキライだ!

 

 

 

 
| きょうの出来事 | 12:28 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark | 昨年の記事
祝!エヴァ・マルトン70歳 ガラ・コンサ−トも開催

祝!エヴァ・マルトン70歳 ガラ・コンサ−トも開催

 



ハンガリ−出身の往年の大プリマドンナ、エヴァ・マルトンが6月18日に70歳の誕生日を迎えた。世界的に大活躍したマルトンは、現在リスト音楽院の声楽科の主任教授として、後進の指導を行っている。

 

エヴァ・マルトンを初めて知ったのは1983年のウィ−ン国立歌劇場での『トゥ−ランドット』のタイトルロ−ルに起用された時だった。奇しくもその当時のウィ−ン国立歌劇場の総監督であるロリン・マゼ−ルが指揮したこのプロダクション、演出面では、ハリウッドから呼んだハロルド・プリンスのチ−ムのなんとも趣味の悪い舞台ではあったものの、音楽面では極めて充実したもので、後年その模様がCD化されるに至って、その成果を如何なく発揮したものであった。またアバド時代には『エレクトラ』でもタイトルロ−ルとして登場、アバドの薄っぺらい音楽とは対照的な歌唱を見せて、この時代を代表する歌手のひとりとなったものだ。個人的にはマルトンの「噛みつかんばかり」の歌唱がなんとも刺激的(別にM的性格ではないことを断っておく!)であり、好意的に評価していたことを記しておこう。

 

また、誕生日に先立つ6月16日には、ブダペストのハンガリ−国立歌劇場においてエヴァ・マルトンの70歳記念コンサートが行われた。マルトンの70歳をお祝いするコンサートに、ハンガリ−人の歌手たちと共にスペシャルゲストとして、アメリカ人メゾソプラノ歌手のグレイス・バンブリーとドイツ人テノール歌手のヨナス・カウフマンというビッグ・ネ−ムが呼ばれ、通常公演よりも高額なチケットにもかかわらず発表されて数日でチケットは完売したという。当日はテレビ収録もあり、またハンガリーでは珍しいパブリックビューイングがイシュトバーン大聖堂にて行われたという。

 

 

 

 
| きょうの出来事 | 21:43 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark | 昨年の記事
今日はシュトラウスの149回目の誕生日

今日はシュトラウスの149回目の誕生日

 



今日、6月11日は20世紀を代表する作曲家、リヒャルト・シュトラウスの誕生日だ。

 

シュトラウスは、1864年6月11日にバイエルン王国の首都ミュンヘンで、ミュンヘン宮廷歌劇場の首席ホルン奏者であったフランツ・シュトラウスの子として生まれた。 母親はミュンヘンの有名なビール醸造業者(プショール醸造所)の娘だった。その当時、ドイツ・オペラの巨星、リヒャルト・ワ−グナ−(今年が彼の生誕200年の年だ)は、この年にバイエルン国王となり、最初にやったことは、ドイツから追放の身で多額の借金に苦しむワ−グナ−をミュンヘンに招へいしたことであった。父フランツはワ−グナ−を評価していなかったが、なぜか息子にワ−グナ−と同じファ−ストネ−ムをつけている。

 

その後の彼は「天才」の名をほしいままにし、20世紀で最も成功した作曲家として知られている。また、晩年は、他の多くのドイツ人と同様、ナチス・ドイツの凶行に翻弄された人生を送った。

 

来年(2014年)は彼の生誕150年のメモリアル・イヤ−となる。日本ではすでに著作権切れになっていることから、多くの彼の作品が演奏されることを願ってやまない。

 

 

 

 
| きょうの出来事 | 18:24 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark | 昨年の記事
今日からLCC松山−成田線就航

今日からLCC松山−成田線就航

 



ジェットスター・ジャパンが今日から中四国初の就航として松山−成田線をスタ−トさせる。同社としては、松山就航により、松山城等の観光客にとっても魅力的な観光資源を持つ松山を訪れる人に多様な選択肢を提案することになる。当面は1日1往復で運航するが、7月下旬からは1日3往復に便数を拡大する予定だそうだ。

 

LCC空白区であった四国に風穴を空けるとともに、JALやANAの料金体系にも影響を与えてくれると非常にうれしい限りだ。

 

 

 

 
| きょうの出来事 | 13:22 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark | 昨年の記事
『内子座deクラシック』が開催

『内子座deクラシック』が開催

 



6月2日、14時から愛媛・内子町の内子座で、『内子座deクラシック』が開催されました。内子座は、江戸から明治期にかけて木蝋や和紙で栄えた内子町民の有志が資金を出し合い、運営会社を設立、今から100年ほど前の大正5年(1916年)に建てられました。
この本格的な木造の歌舞伎劇場である『内子座』で、大阪交響楽団の弦楽器奏者たちによる弦楽アンサンブルと、ヨ−ロッパと日本を拠点に活躍しているピアニストの林澄子さんが演奏いたしました。当日はあいにくの雨の中、それでも多くの皆さんがお集まりいただき、会場はほぼ満員という盛況ぶりでした。

 

前半は誰もが聴いたことのある珠玉の名曲たち、バッハ、ボッケリ−ニ、パッヘルベルといったバロック時代の名作に加え、モ−ツァルトの超有名曲「アイネ・クライネ・ナハトムジ−ク」を、お話も交えながら楽しく聴いていただきました。そして後半は、ベ−ト−ヴェンのピアノ協奏曲第4番を、非常に珍しいヴィンツェンツ・ラハナー編曲による弦楽五重奏伴奏によって演奏されました。

 



この室内楽版の編曲を手掛けたのが、ヴィンツェンツ
・ラハナー(1811-1893)という人で、音楽家一家に生まれ、兄弟(フランツ・パウル(1803-1890)とイグナツ(1807-1895))ともに作曲家として活躍していた彼らはいつしか『ラハナ−3兄弟』と言われていたそうで、作曲に関しては往々にして独学だったようですが、、歌曲や交響曲、序曲、室内楽などの多数の作品を遺しており、当時は結構有名な作曲家として知られていた人です。管楽器の部分も弦楽器が担当したり、ここで!というところで、旋律がないなど、この曲を知っている人にとっては戸惑いも多い編曲版ですが、オ−ケストラ・パ−トすべてをたった5つの楽器だけで再現できるはずもなく、主だったメロディ−が、ピアノ・ソロと溶け合って、素晴らしい演奏をくりひろげてくれました。お客さまも内子座独特の雰囲気と、クラシック音楽の優雅さに酔いしれているような感じがしました。

 

アンコ−ルはまずベ−ト−ヴェンの『エリ−ゼのために』を林澄子さんの独奏で、続いて同じくベ−ト−ヴェンの『トルコ行進曲』(劇音楽「アテネの廃墟」より)を弦楽五重奏で、最後に本日チェロを担当した塚本慈和さんが、夏目漱石の『草枕』から着想を得た同名の曲を演奏し、幕を閉じました。来年以降もぜひとも『内子座deクラシック』が開催されることを願いたいものです。

 

 

 

 
| きょうの出来事 | 18:18 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark | 昨年の記事
バイエルン、再びミュンヘンで凱旋パレ−ド

バイエルン、再びミュンヘンで凱旋パレ−ド

 



ブンデスリーガ最速優勝、最高勝ち点記録、最少失点記録、そして欧州チャンピオンズリーグ(CL)の王座奪回、そして
ドイツカップの優勝・・・。この新記録と歓喜に満ちたシーズンの喜びを、ファンと分かち合うため、5月11日に続いて再び、優勝パレードが行われることが決まった。ハインケス監督率いるバイエルン・ミュンヘンは、ベルリンでのドイツカップ決勝戦の翌日の6月2日に2階建てオープンバスでミュンヘン市内をパレードした。

 

パレードは、ミュンへナー・フライハイト駅を午後2時半に出発し、ルートヴィヒ通り、ディーナー通り、ラントシャフト通りを通って最終目的地のマリエン広場へ移動。そこでフィリップ・ラーム主将(ドイツ代表)ら選手たちは、ウーデ市長とともに、午後4時ごろ、市庁舎のテラスから広場に集まったミュンヘンっ子たちに挨拶した。マリエン広場にはファンのためにDJブースが設置され、午後3時ごろから様々なイベントが開催された。ミュンヘンの街が今年一番の盛り上がりを見せたに違いない。(とはいうものの、出張先の宿にネット環境がないという状況で、今頃の更新となりますことを平にご容赦くださいませ)
写真は5月11日に行われたブンデスリ−ガ優勝時のパレ−ドの終着点、ミュンヘン市庁舎での挨拶の模様。この日、市庁舎前のマリエン広場には17万人もの人が集まったという。

 

 

 

 
| きょうの出来事 | 01:48 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark | 昨年の記事